レカネマブは認知症治療の光明となるか!? コラム2023.09.01

2023年1月7日に米国食品医薬品局(FDA)で迅速承認された認知症の新しい治療薬レカネマブ(レケンビ)ですが、2023年8月21日の厚生労働省の薬食審医薬品第一部会での了承を経て日本でも承認の見通しが付き話題となっています。これまでの治療薬とどのような違いがあり、何故注目されているのか、そしてこれからの認知症治療がどのように進展していくのかについて当センター独自目線でご紹介します。

レカネマブはこれまでの治療薬と何が違うのか?

1906年にAlzheimer博士による症例報告の後、様々な仮説と研究の結果を経て治療薬が開発されてきました。現在一般的に用いられている治療薬は、1980年代後半に提唱されたコリン仮説やグルタミン酸仮説に基づいて創薬されています。
ドネペジル(アリセプト)、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(リバスタッチ・イクセロン)は脳内神経伝達の障害に作用する薬で、主にアセチルコリンという神経伝達物質の減少を防ぐことで認知機能障害の緩和を期待するものです。メマンチン(メマリー)も脳内神経伝達の障害に作用する薬ですが、こちらはグルタミン酸という神経伝達物質が誘発する刺激を抑制することで神経細胞の保護を期待するものです。
一方のアデュカヌマブ(アデュヘルム)やレカネマブ(レケンビ)は1990年代以降主流となっているアミロイドカスケード仮説に基づき開発されており、脳内に蓄積するアミロイドベータ(Aβ)タンパク質の除去を促進することによる神経細胞死の阻止が期待されています。
つまり、これまでの治療薬は神経細胞死や神経伝達障害に起因する臨床症状を緩和することが狙いであるのに対し、レカネマブは神経細胞死の原因環境を改善することで臨床症状の進行を遅らせることが出来る点が大きな違いです。
認知症治療薬の作用機序イメージ

レカネマブの概要

レカネマブの適応症は認知症の原因疾患の約7割を占めるとされるアルツハイマー病(AD)であり、治療対象はADによる軽度認知障害(MCI)または軽度認知症の患者です。また、治療開始前には治療薬のターゲットとなるAβ病理の確認が必要で、投薬は点滴静注を2週間に1回1時間程度かけて行います。患者約1,800人を対象にした臨床試験(治験)では、レカネマブ投与群は偽薬投与群に比べて18ヶ月後の臨床症状の悪化が27%抑えられた(症状の進行を7.5ヶ月遅らせることに相当)という効果が示されていますが、アミロイド関連画像異常(Amyloid Related Imaging Abnormalities、ARIA)として、脳浮腫(ARIA-E)と脳微小出血(ARIA−H)という副作用も報告されていますので、精度の高いMRI検査による定期的なフォローが必要となります。
レカネマブの効果概要イメージ

認知症は早期対応がポイント、予防活動としての検診受診を!

Aβの除去を促進させるレカネマブに続く治療薬として、Aβ除去を担う細胞に直接作用する薬や、Aβ生産に関係する酵素の働きを抑制する薬などの開発も進んでいますが、いずれも“神経細胞の保護” という共通点があります。認知症は脳の神経細胞と深い関係があり、神経細胞が大きなダメージを受けて機能を喪失する前に対処することがとても重要です。また、神経保護を促進するものは薬だけではありません。運動を始めとする非薬物療法を早期に導入することも認知症予防に有益で、そのために脳の状態を早く客観的に調べることは、Aβ蓄積の有無に関わらず重要なのです。 脳の状態を客観的に調べるにはPET検査による画像化がとても有効です。レカネマブと合わせて関心が寄せられるアミロイドPET検査もその1つで、当センターではガイドラインを遵守して適切に実施しております。
その他、当センターではFDG-PET検査を用いて脳内のエネルギー代謝・シナプス機能障害を調べることで早期に認知症の兆候の有無をみるPET認知症検診を実施していますので、予防活動に是非ご活用ください。
FDGを用いたPET認知症検診

認知症に係るPET検査の普及に向けた取り組み

レカネマブ治療の前提として、脳脊髄液検査やアミロイドPET検査でAβ病理の確認が必要とされていますが、前者は侵襲性が高いので身体的負担が大きく、後者は検査費用が高額で金銭的負担が大きいという課題があります。ただ、レカネマブの保険収載と合わせてアミロイドPET検査も保険適用となれば、高額療養費制度の利用で患者の金銭的負担は抑えられると見込まれます。なお、治療患者が増えれば医療財政を圧迫するという懸念もありますが、早期治療や予防活動が活発化して認知症患者の総数が減少すれば、全体的な医療財政は改善される可能性が高いと考えられます。
一方でレカネマブ治療は軽度認知障害(MCI)または軽度認知症の患者が対象となりますので、早期受診啓発と合わせて、検査・治療体制の整備が喫緊の課題と言えます。具体的には、検査に用いるPET装置は非常に高価であるため導入施設が少なく、地域間格差や検査需要の急増に対応できないといった問題です。
この課題を解決すべく、当センターは浜松ホトニクスと協力して、頭部用に特化することで高性能化かつ小型化して価格を抑えるPET装置の開発に取り組むと共に、早期受診啓発の一環としてPET検査の普及を目指しています。
頭部用PET装置の開発
事務局 (009)